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《 ナン・マドール遺跡・・・終話 》

2010⁄07⁄30(金) 17:30
100730-1






《 ナン・マドールとは何だったのか?》


西暦1000年~1600年頃 ポナペは、サウテロール王により統治されていた。


ナン・マドールは、このサウテロール王朝の都として、政治・宗教の中心地だった。


92の島々には、それぞれ王の住居、儀式の島、聖職者の墓、来客用宿泊施設、


召使の住居などなど、異なる使用目的が与えられ、人々はカヌーで島間を移動していた。




王朝は、500年~600年間、16代続いたと言われている。


王朝崩壊後、ポナペは分割され“村”が造られ、各村には、酋長ナンマルキが置かれた。


ナン・マドールがある地域は『マタラニウム村』とされ、初代ナンマルキは


ナン・マドールに住んでいたとされている。




現在でもポナペには、『マタラニウム』『キチ』『ウー』『ネッチ』『ソケース』の


五つの“村”があり、それぞれにナンマルキがいる。


フェニックスのBOSSは、ポナペへの貢献が認められ


地域、村民を持たないナンマルキの称号を与えられていたと聞いたが・・・・。





写真は、ナン・マドールの中で、最も象徴的な島である《 ナン・ドーワス 》


ナン・ドーワスとは、「首領の口の中」を意味し、


代々のサウテロール王と初代ナンマルキの墓がある。


また、精霊ナニソーンサップへの祈りの島でもあり、審判の場であり、


最後の避難場所としての要塞の役割を持つ重要な島だった。

















 



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